GRAMMATICUS - 文法人

言語は文化の基盤であり、雑学は哲学である-言葉を漂泊する文法人 Lio Grammaticus
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С Новым 2006 годом !!

明けましておめでとうございます。管理人多忙につき、こちらのブログはすっかり更新が途絶えておりますが、今日も御訪問下さって有難うございます。

2005年度は当ブログを御愛顧頂き有難うございました。今後の予定は目処が立ち次第お知らせ致します。

皆様の御多幸をお祈り申し上げます。

言葉を漂泊する文法人 Lio Grammaticus

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同志 Grammati の皆様、今日は。文法人 Lio Grammaticus です。



GRAMMATICUS - 文法人』の内容は『自分が変われば世界が変わる』で扱ってゆくと先日決定致しましたが、カテゴリーの問題がありました。勉強の話題は分野毎にカテゴリーを分けた方が分かりやすいのですが、勉強以外のテーマも多い『自分が変われば世界が変わる』でカテゴリーを増やすと、余計分かりにくくなってしまう恐れがあります。そこで今後『自分が変われば世界が変わる』で掲載した勉強関連の記事をこちらで分類・保管する事にしました。このブログの今後の方向をひとまず決定出来て嬉しいです。

では、二重敬語(最高敬語)についてお話してゆきましょう。

古文の助動詞「す・さす」の代表的な意味には、使役「~させる」と、後ろに「給ふ」等の尊敬の意を表す語を伴って「~なさる」を表す尊敬とがあります。

身分の高い人は、自分ではあまり動かずに周囲の人にさせるのが普通ですから、最初は使役で使われていた「す・さす」+「給ふ」等が、やがて本人の行動そのものにも適用される様になったと考えられるでしょう。

使役か尊敬か区別に苦労しそうな所ですが、身分の高い人が自分でする事、例えば「笑ふ」「泣く」等ならば尊敬、自分ではせずに人にさせる事、庭を造ったり、物を取り寄せる等ならば使役と覚えておけば、殆どの場合は区別可能です。

文法関連書籍で「べしの識別」「なりの識別」等と、「識別」に関する問題が大きく扱われているのを見掛ける事がありますが、本当に識別が難しい場合には、書き手も別の表現を使う筈なので、実際の文中で迷う事はあまりないと思います。

さて、入試向けの古文学習では殆ど扱われませんが、「受身」の「す・さす」もあります。鎌倉時代の武士の間で用いられた表現で、「討たせ給へり(討たれなさった)」の様に使います。これは、たとえ討たれても「相手に討たせてやった」と言う武士の心意気を表すそうですが、それならば深読みせずに、字面通り素直に受け取って、使役と解釈しても良いのではと、個人的には思います。

次の勉強の話題は、古文の二方面への敬語を予定しています。しばらく勉強の話題は不定期連載に致します。ロシア語の勉強に力を入れる為です。何卒御了承下さいませ。

このテーマ以外の御意見・御質問も常時お待ちしていますので、そちらもコメント欄にお寄せ下さいませ。

文法人 Lio Grammaticus

参考資料


大野 晋 / 角川書店(1998/12)
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これ一冊で、入試レベルなら古文の疑問は殆ど解決します。目から鱗が落ちっ放しの一冊です。


松村 明, 和田 利政, 山口 明穂 / 旺文社(2001/10)
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類書中最大収録語数を誇る、使いやすい信頼性の高い古語辞典


解説の分かりやすさはこの辞書にとっては当然レベル。文学・歴史年表、資料も豊富。使いやすいだけではなく、語源や日本語の変化についても詳しく解説してあるので文法人には堪らない一品です。『旺文社 高校基礎古語辞典』もありますので、目的に応じてお使い下さい。

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ディナモレブロフのゴールでシャフタルを敵地で破った感動覚めやらぬ管理人ですが、今日は大切なお知らせがあります。

1ヶ月あまりこのブログを書いてきましたが、近頃別ブログ『自分が変われば世界が変わる』との区別化が難しくなってきたので、勝手ながらこちらのブログは一旦お休みにして、『自分が変われば世界が変わる』で連載を続けてゆく予定です。11月12日(土)に行う予定の古文の二重敬語のお話もあちらで行う予定です。何卒御理解下さいます様、お願い致します。

こちらのブログを今後どうするかについては目下思案中です。

今日まで御愛顧有難うございました。『自分が変われば世界が変わる』で変わらぬお付き合いを頂ければ幸いに存じます。

今後御質問等はあちらのブログでも受け付けますと同時に、こちらのコメント欄でもお待ちしておりますので、御活用下さいませ。

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さて今日は、「あなたが申された」「どちらに致しますか」「父が仰いました」のどこがおかしいかに対する解答・解説を行います。

まず、「あなたが申された」「どちらに致しますか」は、聞き手の動作に「申す」「致す」という謙譲語を使っている点が不適切です。「父が仰いました」は、身内の動作に「仰る」という尊敬語を使っているのが不適切です。

そして、大抵の場合、耳障りな敬語の誤用とされるのは、尊敬語丁寧語謙譲語を区別出来ない事に起因するものが多い感があります。

敬語が「丁寧な話し方」とだけ捉えられている場合もあるかも知れません。少なくとも私は小学生の頃そう思っていました。ですから、「お父さん」「お母さん」等、「さん」付けで呼ぶのが一般的な、目上の身内に対して何故敬語が使えないのか疑問に思ったものです。

謙譲語を区別出来ないと言う事は、謙譲語が表す概念が日本社会から消えつつある証拠だと考えられます。ない概念は言葉で表現出来ません。この現象とその背景を、大野晋氏の著作『古典文法質問箱』を参考にまとめたものが以下の三点です。

①平等社会となった事で、自分を下げる必要がなくなり、謙譲語が減った。②相手を立てるのは身分の上下に関係なく人間関係に有益なので残った。③場全体を高める丁寧語が増えた。

先日テレビで「年配の男性や社会的地位のある男性が「僕」を自称に使うのはおかしい」との意見が年配の方から寄せられていました。「僕」は謙譲語だからだと言うのですが、多分若い世代の人達には、どちらかと言えば丁寧語と捉えられている様に感じます。

古文の敬語が苦手な人が多いのも、古文の敬語が表していた概念が現在ではなくなっている事に原因があると考えています。それだけ日本社会が平等になった証拠ですから、個人的には否定すべき事とは考えていません。

参考文献
大野 晋 / 角川書店 (1998/12) 『古典文法質問箱

お奨め書籍
口語で理解しておけば、文語(古文)でも理解しやすくなります。


井上 史雄 / 講談社(1999/05)
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敬語はこわい!
最近の敬語は誤用だらけだと思われる方に。



さて、11月12日(土)に向けての質問はありません。古文の二重敬語についてお話をするので、お手元に資料があれば、目を通しておいて頂けると幸いです。11月08日(火)はまた雑記に移ります。では皆様、それまで御機嫌よう!!

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本日10月29日はディナモ・キエフルスラン・ロタンの24回目の誕生日です。РЕБЯТА(リバータ:仲間)との連動企画でお祝いしています。何かしようと、テンプレートを変えてみました。あまり関係なさそうですが(汗)。

С днём рождения, Руслан

さて、めでたい今日は「犬に餌をあげる」はどうしておかしいと言われる事があるのかについて考えてゆきます。

実は、「あげる」は「さしあげる」と言えばもっと分かりやすいのですが、謙譲語です。犬相手に謙譲語はおかしいというのがこの見方です。

けれど、少なからぬ人が「やる」では乱暴だから「あげる」と言う、つまり丁寧語として「あげる」を捉えているのではないでしょうか。

古文の敬語一覧表を見ると、尊敬語謙譲語が多いですね。それに対して丁寧語は比較的少ない事に気付きます。

ここでこの三つの定義をはっきりさせておきましょう。Exciteのオンライン辞書が今日も大活躍です。

「そんけい-ご 【尊敬語】
敬語の一。話し手が聞き手または話題の中の動作主、また、その動作・状態・事物などを高めて言い表すもの。

けんじょう-ご ―じやう― 【謙譲語】
敬語の一。話し手が聞き手や話中の人に対して敬意を表すために、自分または自分の側に立つと思われるものや動作などをへりくだって言い表すもの。

ていねい-ご 【丁寧語】
敬語の一。話し手が、聞き手に対して敬意を直接表したり、改まった気持ちで、言葉遣いを丁寧にしたりする時に用いられるもの。」

つまり、古代~近世は身分制度がしっかりしていたために、上下を区別する尊敬語謙譲語が多いのも当然でした。この二つを使えば場の雰囲気を壊さないのですから、丁寧語は特に使わずとも良かったのでしょう。

戦後に入って民主主義の世の中となり、身分の上下は否定されました。完全に平等かどうかはさておき、少なくとも戦時中以前に比べれば随分平等になったはずです。

では、今日の質問は「あなたが申された」「どちらに致しますか」「父が仰いました」のどこがおかしいか、です。解答・解説は11月05日(土)に掲載予定です。次回、11月01日(火)は、また雑記へ移ります。では皆様、それまで御機嫌よう!!

参考文献
Exciteオンライン辞書
大野 晋 / 角川書店 (1998/12)
古典文法質問箱

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さて、今日は日本語に進行形があるのかどうかについて考えてゆきます。

実は私は「日本語には進行形」があるとずっと考えていました。ただ、結論付けるには調査が不十分でしたので、今回まで保留としておりました。

私達は普通に「~(し)ている」と言いますね。この用法はすでに平安時代に見られるのです。ただ、「連用形」+「あり」の形が主です。

「連用形」もしくは接続助詞「て」+「居る」の形(つまり「~(し)ている」の直系の御先祖ですね)が主流となってくるのは「ある」と「いる」の区別が生じ始めた中世以降で、それまでは「あり」が口語(現代語)の「ある」「いる」両方の意味を兼ねており、「居る」は「座っている」「じっとしている」のみを表していました。他にも「連用形」+「をる」で進行形を作る形もあります。「連用形」+「侍り」の丁寧語もあり、これは「~(し)ています」ですね。

江戸時代の文献に見られる事を考えれば、ずっと進行形は日本語に存在していたのではないでしょうか。

今回使用したのは『旺文社古語辞典』第8版ですが、今はもう『旺文社古語辞典』第9版が出ています。日本語の歴史、重要文法事項にも触れられており、とても良い辞書なのでお勧めです。高校生用の『旺文社 高校基礎古語辞典』もありますので、用途に応じてお選び下さい。

次回10月25日(火)から火曜日は塾講師をしていて気付いた事や、勉強法について書いてゆき、土曜日に学問の話を進めて参ります。週二回ペースで学問の話ばかりでは日常生活に支障が出て参りましたので、お恥ずかしい話ですが、何卒御了承下さいませm(_ _)m

原因はウクライナ中心サッカー・ブログРЕБЯТА(リバータ:仲間)』!!ロシア語に没頭する日々です。ロシア語を勉強しておられる同士の皆様、お気軽に声を掛けて下さいね^^

今日の質問は、「犬に餌をあげる」はどうしておかしいと言われる事があるのか、です。10月29日(土)までに考えておいて下さいね。では皆様、それまで御機嫌よう!!

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さて、今日はお約束通り、「日本語と現在進行形」について考えます。文語(古文)の助動詞「たり」は調べて頂けたでしょうか?

Exciteのオンライン辞書で調べた結果を引用して御紹介しましょう。「」内が引用部分です。例文は割愛致しました。

〔完了の助動詞「つ」の連用形「て」に動詞「あり」の付いた「てあり」の転〕現代語の完了の助動詞「た」の古語形。動詞および動詞型活用の助動詞の連用形(ならびに音便の形)に接続する。

(1)動作・作用がすでに終わって、その結果が存続していることを表す。…た。…ている。

(2)動作・作用が引き続いて行われている意を表す。…ている。…てある。

(3)動作・作用が完了したことを表す。…た。…てしまう。


(2)に御注目下さい。進行形ですね。文語(古文)の段階では口語(現代文)「た」の御先祖様の「たり」には進行形の用法があったのです。さらに、完了の助動詞「つ」の連用形「て」に動詞「あり」の付いた「てあり」の転とあります様に、「たり」はずばり口語で言えば「~ている」なのですね。

もう少しよく見てみると、進行形は進行形でも、「今~している」という単なる進行形と言うよりは寧ろ、「(過去のある時点から)ずっと~している」という完了進行形の様に思われます。

ここで、完了形について考えてみましょう。完了形は基本的に「過去において行われた動作の影響が現時点においても残っている」「過去に始まった状態・動作が現時点においても継続している」事を表します。

成功哲学と時制その5」でお話しました様に、動作が行われる過程は

Ⅰ:動作を始める。
I started to become happy.(私は幸せになり始めた。)
Ⅱ:動作を行っている状態。
I am becoming happy.(私は幸せになりつつある。)
Ⅲ:動作が完了する。
I became happy.(私は幸せになった。)
Ⅳ:動作の結果が残って、現在形を使える様になる。
I am happy.(私は幸せだ。)


となっていて、Ⅰ、Ⅱを1文にまとめて表せば I have been becoming happy. となるとの事でしたね。Ⅳを、Ⅰ~Ⅲの背景を踏まえた上で書くと、I have become happy. となります。

過去形か完了形かで迷った時は、先述の二点を基準に判断して下さい。現在進行形と現在完了進行形の区別は少々迷う所ですが、基本的に、「今~している」事を述べるのが現在進行形、「過去から引き続き~している」事を述べるのが現在完了進行形と区別出来ます。

どちらにせよ、厳密な区別が出来ない事例もありますのであくまで参考にお止め下さいませ。

この「たり」は室町時代に、完了の助動詞「つ・ぬ・り」と過去の助動詞「き・けり」の役割を全て引き受ける事となりました。そして、口語の「た」は進行形の意味を失っています。

では、日本語に進行形はないのでしょうか。皆様も御一緒にお考え下さいませ。私の考えは次回10月22日(土)にお話してゆきます。では皆様、御機嫌よう!!

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参考文献
Exciteオンライン辞書
大野 晋 / 角川書店 (1998/12) 『古典文法質問箱
大野 晋 / 岩波書店 (1978/01) 『日本語の文法を考える

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まず皆様にお知らせがあります。当ブログの更新を現在の火・木・土+αから、火・土+α更新に切り替える事にしました。弱音を吐く様で心苦しいのですが、管理人多忙につき、このままのペースでは全てがいい加減になってしまうか、苦しくなって行き詰まるだけだと判断しての事です。一度決めた事をこうも早く変えるのは…と悩みましたが、破綻してからよりは、事前に対策をする方が良いと決断しました。 何卒御了承下さいませ。

さて、今日は何故 will を使うと実現の可能性が下がるのかについて解説してゆきます。「成功哲学と時制その4」で使用した例文をもう一度見てみましょう。

A: I leave for Kiev tomorrow.
B: I am leaving for Kiev tomorrow.
C: I will leave for Kiev tomorrow.


どの文も「明日キエフへ行く」と言う未来の予定を表す点では同じですが、その行為が実現される可能性はA>B>Cの順になっている事も以前説明しました通りです。

ここで現在形になっている部分に注目して下さい。

Aでは「出発する」という動詞が、Bでは「~である」を表すbe動詞がそれぞれ現在形になっていますが、Cでは「~だろう」という助動詞が現在形になっています。

前回の補足になりますが、現在進行形とは、現在「~している状態(これを表すのが現在分詞、つまりing形です)」「である(こちらを表すのがbe動詞です)」事を表します。現在分詞が表す動作は完了してはいませんが、実現に向けて着手されているのです。

しかし、willを用いた未来時制は、現在「~するつもりだ」という状態にある事しか表しません。

C: I will leave for Kiev tomorrow.

この文章では「つもりである」事のみが現在確定していて、「出発する」事は確定はおろか、実現に着手もされていないのです。

これが、何故 will を使うと実現の可能性が下がる理由だと考えられます。

6回に亘って考えてきた「成功哲学と時制」シリーズは今日を以って一旦終了します。次回10月18日(火)からは、Hikariさん「成功哲学と時制その3」に下さったコメントに想を得た「日本語と現在進行形」について考えてゆく予定です。Hikariさん有難うございます。

今回は質問の代わりに、文語(古文)の助動詞「たり」を調べておいて下さい。Exciteのオンライン辞書でも引けますので、古語辞典をお持ちでない方も是非調べてみて下さいね。

では皆様、御機嫌よう!!

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同志 Grammati の皆様、今日は。文法人 Lio Grammaticus です。



昨日はウクライナ対日本を観ていました。思う所は『РЕБЯТА(リバータ:仲間)』に書きましたので、宜しければ御覧下さいませ。

今日は現在時制と現在進行形についてもう少し考えてゆきます。コメント下さる皆様、いつも有難うございます。

さて、現在時制において、動作が行われる過程を考えてみましょう。まずは I am not happy.(私は幸せではない。)が、I am happy.(私は幸せだ。)の状態に変化する過程を使って説明します。

Ⅰ:動作を始める。
I started to become happy.(私は幸せになり始めた。)
Ⅱ:動作を行っている状態。
I am becoming happy.(私は幸せになりつつある。)
Ⅲ:動作が完了する。
I became happy.(私は幸せになった。)
Ⅳ:動作の結果が残って、現在形を使える様になる。
I am happy.(私は幸せだ。)


なお、Ⅰ、Ⅱを1文にまとめて表せば I have been becoming happy. Ⅲ、Ⅳを1文にまとめて表せば I have become happy. です。完了形についてもいずれお話します。Ⅰ、Ⅲの文が過去形であるのは、それぞれⅡ、Ⅳから見て過去だからです。

つまり、Ⅰ~Ⅲの手順を踏んで初めて、I am happy. と言う現在の状態が実現されるのです。

ここで、become と言う一度きりの動作が果たしている役割に御注目下さい。一度きりの動作を現在形で表す場合は、前回分類した現在形の用法の2~3に当てはまります。

2: 反復的・習慣的動作
I become happy when Dynamo wins.(ディナモが勝つと幸せになる。)
3: 一般的事実・不変の真理
We become happy when our favourite team wins.(好きなチームが勝つと幸せになる。)
4: 確実な未来の予定
これはbecome を使った例文は考えにくいので、代わりに、I leave for Kiev. (私はキエフへ出発する。)を使って考えて見ましょう。

Ⅰ:動作を始める。
I started to leave for Kiev.(私はキエフへ出発し始めた。)
Ⅱ:動作行っている状態。
I am leaving for Kiev.(私はキエフへ出発しつつある。)
Ⅲ:動作が完了する。
I left for Kiev. (私はキエフへ出発した。)
Ⅳ:動作の結果が残って、現在形を使える様になる。
I am now on the way to Kiev.(私は今キエフに向かう道中だ。)


Ⅲの段階が現在を中心とする時間軸の何処かで達成されなければ、現在形を使えない事は前回お話した通りです。Ⅳが前者の状態の場合と異なるのは、 leave が動作を表し、一つの動作を永続的に行う事が不可能だからです。例えば、今煎餅が一枚あり、その一枚を何度も食べ終わるのは不可能である事を考えてください。

ほんの一瞬の動作でも、必ずⅡの「行っている状態」は存在します。そして、Ⅱの段階では、まだ達成はされていないものの、Ⅲの達成点へ向けて行動中と言う事にもなります。ですから、現在進行形を用いて表す近い未来の予定は「既にその状態・行為の実現に向けて動作を行っている」含みがあり、will を使った表現よりも実現の可能性が高いと考えられます。

では何故 will を使うと実現の可能性が下がるのでしょう。それは次回10月15日(土)で考えてゆきます。今日も質問はありません。では皆様、それまで御機嫌よう!!

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明日はいよいよウクライナ日本ですね。どきどきします。試合はテレビ朝日系列で22:45~25:00生放送予定です。お見逃しなく!! 勿論ウクライナ中心サッカー・ブログ『РЕБЯТА(リバータ:仲間)』でも扱います。ロシア語の記事を訳しての更新が中心ですので、更新速度は遅いですが、その分一味違った内容でお届けします。御期待下さい!

さて、前回の質問は何故、現在形がしっくり来ない場合は現在進行形を使うのが良いのでしょうか、でしたね。コメント下さった皆様、有難うございます。

ここで、一度現在形についてまとめてみましょう。

1: 現在の状態・事実
Maxim is a footballer.(マクシムはサッカー選手だ。)
2: 反復的・習慣的動作
Ruslan practices almost every day.(ルスランはほぼ毎日練習する。)
3: 一般的事実・不変の真理
Kiev is the capital of Ukraine.(キエフはウクライナの首都だ。)
4: 確実な未来の予定
I leave for Kiev tomorrow.(私は明日キエフへ行く予定だ。)

(『基礎からの新総合英語』参照。例文は管理人作成)

現在形を用いる場合は、継続的状態が現在続いている事一時的な状態や動作が、現在を中心とした時間軸中で1度(以上)行われ、完了する事を表します。例えば2の例文なら、ルスランは過去から現在にかけて何度も練習と言う行為を行って完了させてきており、今後もその予定となっています。4の例文であれば、近い将来実際にキエフに向けて出発すると言う行為を行い完了させる、つまり実際に出発する含みがあります。

つまり、現在形を用いる以上、その動詞が表す状態・動作は現在及び近い将来に確実に実現され(てい)るものでなくてはならないのです(条件・時を表す副詞節中の現在形は別です)。

さて、ここで「未来の予定」について焦点を当ててみましょう。

A: I leave for Kiev tomorrow.
B: I am leaving for Kiev tomorrow.
C: I will leave for Kiev tomorrow.


どの文も「明日キエフへ行く」と言う未来の予定を表す点では同じですが、その行為が実現される可能性はA>B>Cの順になっています。Aの文では余程の事がない限りほぼ100%出発すると言う含みがありますが、BCと進むにつれ、確実性は下がります。ですから現在形で言い切りにくい将来の予定はCよりもBを用いる方が、まだ実現の可能性を多く含んだ表現と言えます。そこで現在形で言い切りにくい将来の予定は現在進行形を用いた方が良いとされるのではないかと考えられます。

次回10月13日(木)では、現在時制と現在進行形についてもう少し考えてゆきます。今日の質問はありません。では皆様、それまで御機嫌よう!!

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今日はサッカー日本代表対ラトヴィア代表ですね。午後7時からテレビ朝日系列で生放送されますので、お見逃しなく!!ディナモ・キエフヴェルパコフスキスも出場すると思われるので、大変楽しみです。日本代表ラトヴィア代表は『РЕБЯТА(リバータ:仲間)』に掲載してあるので、御参考下さいませ。

近頃はすっかり『РЕБЯТА(リバータ:仲間)』用にサッカー記事ばかり読んで、『標準ロシア語入門』の勉強が進みません。でも、これはもう2年近く毎日やっています♪

語学は毎日少しずつ触れる事が大切です。難易度さえ気を付けておけば、「自分が使いやすい」と感じた教材、それが自分にぴったりの教材だと思います。毎日楽しく使えるか、がポイントです。

さて、本題に移りましょう。今回も前回の記事にコメント下さったトムさんriseさん有難うございました!皆様はどの様な解答をされたでしょうか。

何故成功哲学では「~したい」「~になりたい」ではなく、「~する」「~だ」と言い切る事を奨励するかと言う質問でしたね。

例文を挙げて考えてみましょう。

A: I want to be happy.(私は幸福になりたい。)
B: I am happy.(私は幸福。)


客観的真実性において現在形は最強と前回説明しましたが、それに則って考えてゆきます。Aの文で現在形が表す現在の状況は、「~たい」と思っている状態です。一方、Bの文では既に現実として「~だ」と言う状況を表しています。Aの文では、「~たい」と思っている自分がいるだけですが、Bの文では既に幸せな自分がいます。

野口嘉則さんが2005年03月10日の記事『潜在意識のパワーを最大限に引き出す「アファーメーション」!』の中でこう説明されています。以下は野口さんの記事からの引用です。野口さん、いつも考えるきっかけを有難うございます。

「次に、「~になる」という表現をしないということを説明します。

例えば「お金持ちになるぞ」や「お金持ちになりたい」という言葉を聞い
た潜在意識は、「今はお金持ちではない自分」をイメージします。
そして、イメージしたとおりの自分(お金持ちではない自分)を維持しよ
うとします。

潜在意識は、すべて現在のこととして受け取るのです。
「未来には健康になるぞ」と宣言すれば、「今は不健康なんだな」と受け
取るのです。」


さらに野口さんはこうも書いておられます。

「ただ、「~である」という表現がしっくりこない場合もあると思います。

例えば、「今お金のことで困っているのに、『私は豊かである』なんて宣
言しても、うそっぽいし、しっくりこない。」というようなケースです。
こんな時は、現在進行形を使うとよいとジョセフ・マーフィーは言ってい
ます。
「私は、日々、ドンドン豊かになリ続けている。」」


では、今日の質問です。何故、現在形がしっくり来ない場合は現在進行形を使うのが良いのでしょう。宜しければコメント欄でお考えを聴かせて下さいね。

私からの解答・解説は10月11日(火)に掲載予定です。では皆様、それまで御機嫌よう!!

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同志 Grammati の皆様、今日は。文法人 Lio Grammaticus です。

今日から人気ブログランキングに参加しました。新たな学びの場発見に是非御活用下さいませ。



早速前回の記事にコメント下さったトムさんriseさん有難うございました!皆様はどの様な解答をされたでしょうか。

今日はお約束通り、私からの解答・解説を致します。次の文のどちらに力強さを感じるでしょうかと言う質問でしたね。

A: He must be a genius. (彼は天才に違いない。)
B: He is a genius. (彼は天才だ。)


実は、どちらも強いのです。ただ、強さの種類が違います。

Aの文の must は話者の主観を表す助動詞の仲間で、話者の強い確信を表します。対してBの文では現在の状況を客観的に述べています。現在形とは「現在の状態」を客観的に叙述するものですから、客観的真実性において現在形は最強と呼べるでしょう。

勿論、主観が必要な場面もありますから、その時は助動詞が活躍します。それについてはいずれお話する予定です。

それでは、また次の2文を比較してみましょう。

C: You must do it.
D: You have to do it.


どちらも「あなたはそれをしなければならない」と言う意味ですが、Cは「話者が主語はそれをしなければならないと強く思っている」と言う主観的判断を、Dは客観的に見て「主語にはそれをする義務がある」と言う客観的判断を含んでいます。ですから、主語がそれをしなければならない度合いは普通、後者の方が強く感じられます。

その理由は、have to と言う表現は、「to 不定詞する事を義務として持っている」現在の状況を表しているからと考えられます。

さて、今日の質問は、それでは何故成功哲学では「~したい」「~になりたい」ではなく、「~する」「~だ」と言い切る事を奨励するか、です。宜しければコメント欄でお考えを聴かせて下さいね。

私からの解答・解説は10月08日(土)に掲載予定です。では皆様、それまで御機嫌よう!!

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今日は。今日も御訪問有難うございます。文法人 Lio Grammaticus です。

開設二日目でこれ程多くの方にお運び頂いて、嬉しい限りです。有難うございます。

まずは、同志 Grammatici の皆様に御報告があります。このブログは今後、火・木・土の隔日+αで更新してゆく予定です。運営計画に変更があった場合は改めてお知らせ致します。更新は隔日でも毎日チェックしますので、御意見・御質問は24時間年中無休でお待ちしています。是非コメント欄にお寄せ下さいませ。

さて、今日からは「成功哲学と時制」についてお話してゆきます。早速ですが、次の文のどちらに力強さを感じますか。

A: He must be a genius. (彼は天才に違いない。)
B: He is a genius. (彼は天才だ。)


そう感じた理由も考えてみて下さい。そして、宜しければコメント欄でお知らせ頂ければ幸いです。

私からの解答・解説は10月06日(木)に掲載予定です。

このテーマ以外の御意見・御質問も常時お待ちしていますので、そちらもコメント欄にお寄せ下さいませ。

初めまして、文法人 Lio Grammaticus と申します。この度は御訪問有難うございました。

このブログは一人の文法人の勉強記録です。記事が増える毎に文法人は成長します。

文法を中心に語学・言語学や勉強方法、仕事で学んだ事、果ては教育観を語ってゆく予定ですが、どの様に発展・迷走するかは今後のお楽しみです。

その記録が皆様にとってもお役に立てれば幸いです。

Lio Grammaticus

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